F1全誌

F1全史 特別コラム

 

『F1全史』刊行に寄せて 『グランプリ生誕100年のこの時に』

 1906年6月26〜27日、史上初の《グランプリ》レースが開催された。場所はフランスのル・マン郊外。出走したマシーンは全部で32台。最大重量1000kg以内というのが唯一の「GPフォーミュラ」規定だ。
 一周103kmのコースを2日間で12周する、総距離1236kmの苛酷な戦いだった。勝ったのはルノー4気筒13000cc、操ったのはハンガリー人フェレンク・シス。所要時間12時間14分、平均時速は101.2km/h。

 それから今年でちょうど 100年。いま、GPフィールドでルノーが活躍しているのは単なる偶然ではない。
 ヨーロッパの伝統ある自動車メーカーは今年2006年がGPレースの歴史の中でどのような意味を持っているのか百も承知のはずだ。

 フランス主導で始まったGPレースは第一次世界大戦後の1920年代、イタリア、ドイツ、モナコなどに広がっていく。1930年代後半、ドイツはGPレースを忌まわしくもプロパガンダとして使い皮肉なことに、飛躍的な技術進歩を促す結果となった。そして世界中を襲った第二次世界大戦の勃発。世界に再び平和が戻ってきた1947年、新設FIA(国際自動車連盟)は従来の「GPフォーミュラ」に代わるF1=フォーミュラ・ワンというカテゴリーを制定した。
 そして平和の象徴として世界各国を転戦する「世界選手権」制度が1950年、ついに始まる。戦犯国とされたドイツは当初、国際舞台に登場する機会すら与えられず後進国イギリスは50年代末まで第一線で活躍できない。
 50年代を通しての主役はイタリアを中心とするヨーロッパ大陸諸国のメーカーだった。昔ながらのフロント・エンジンから新しいミッドシップへと革命が起こった時初めてイギリスが主役の座に躍り出た。レーシングカー作りやレース活動を主業務とする小規模コンストラクターの台頭だった。
 そして60年代半ば、日本のホンダがF1活動を開始する。モータリゼーションに湧く日本に、世界の情報がようやく入ってきた。
「外国にはF1GPという凄い世界があるらしい」と誰かが語り始めた。国別に塗り分けられていたカラーリングが60年代末、派手なスポンサー・カラーに変わり始めた。貴族のスポーツとして発祥したモータースポーツに、商業主義の波が押し寄せる。
 70年代半ば、参加チームの団体が力を付け、自らの権利を主張するようになる。80年代初頭、競技統轄団体と参加者団体の政争は泥沼化しかかった。F1GP界は全地球的なTV放映により、力を増し、富を蓄え、巨大化する一方に。他に魅力的なレース・カテゴリーが誕生すると生き馬の目を抜くがごとく、即座に抹殺していった。
 そして世界の大手自動車メーカーを洗脳するまでに、F1GPは唯一無二の存在となるに至った。

 ファンジオ、モス、クラーク、スチュワート、ラウダ、プロスト、セナ、シューマッハー、etc.etc.ヒーローは次々に生まれ、熱狂が歴史を作ってきた。引き継がれ、語り継がれ、誰も彼もそれぞれが皆、縦も横も繋がっている。F1GPは大河ドラマなのだと日本でのF1ブームから15年を経て東洋のファンもようやく気づき始めた。
 F1GPはたしかにモータースポーツの最高峰だ。しかしF1GPが図抜けた存在となってしまったことでF1GPに憧れ、それを慕うカテゴリーすら存在できなくなってしまった。
F1GPはこれから先、どこに向かおうとしているのか。
 何が速い、誰が強い、という視点で見るF1GPは常に興味深いが、すでに危険領域に踏み込んでいるF1GP界全体を見据える目も21世紀のレース・ジャーナリズムには必要かもしれない。

 世界選手権F1GPが始まって56年、GPレースが始まって100年、自動車競争が始まって112年。
近代オリンピックが始まって110年。GPレースは、まだ、たった100年余の歴史でしかない。
これから先、何か新しい事態が起こっても、何ら不思議はない。5年後、10年後のF1GPが今までの延長線上にあると誰が言えようか。
 これまでF1GPとは無縁だった国々が今後は開催国として次々と名乗りを挙げることだろう。一方、モータースポーツ先進国のいくつかは現状のF1GPの在り方に疑問を感じ始めている。いま、F1GPは大きな過渡期に差し掛かっている。

日本とF1が出会ってからすでに40年。せめて世界選手権開始後の50年余の歴史ぐらいは知っておきたい。知っておいて、損はない。『F1全史』はそのほんの手掛かりとはなるだろう。
 いま、我々がF1GPを見つめているのは単なる偶然だろうか。必ずしも、偶然とは言い切れない。
 時代の目撃者となる資格は、それぞれにある。

F1全史 監修協力 林信次/Ring Archives

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