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F1速報PLUS Vol.14 2010

2010年01月21日

定価 980円


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ピックアップコンテンツ

日本人F1ドライバーの伝説

F1熱狂時代2[プロローグ]
Legend of Ja panese hero
スーパースターの登場が、日本のF1を救う

日本人F1ドライバーの伝説

F1を子供たちの憧れに

[小林可夢偉インタビュー]

可夢偉には大きな夢がある。
自分が活躍することで子供たちがF1に憧れを持ち
このスポーツが盛り上がっていくこと
日本がそんな国になるよう、可夢偉は全力で戦う

F1を子供たちの憧れに

日本人F1ドライバー 伝説のレース30選

1950年発祥のF1世界選手権は、すでに60年もの歴史を有している。その歴史に日本人ドライバーが最初に足跡を残したのは1970年代も半ばになってからのことであった。日本人レギュラー誕生までは、さらに10年の歳月が必要であり、初めて表彰台に辿り着いたのは、今から20年前=1990年のこと。いまだウイナーズリストに名を刻む者こそいない後進国ではあるが、初参戦から三十有余年、レギュラー誕生から四半世紀弱のこの間に、我らが同胞たちが、幾度か鮮烈な印象を残してきているのも事実だ。小林可夢偉という新たな期待の萌芽が生まれた今こそ、日本人F1ドライバーの残してきた足跡を辿りながら、いつか必ず来る勝利の日に想いを馳せてみようではないか。日本勢が活躍したF1世界選手権レースの中から携帯サイトでの読者投票結果をベースに、歴史的意義も加味しつつF1速報編集部が厳選した「伝説の30レース」を、ここに──

日本人F1ドライバー    伝説のレース30選 日本人F1ドライバー    伝説のレース30選

勝利へ、最も近かった夏

佐藤琢磨インタビュー

2002年にF1デビューを飾って以来、数々の名勝負・名場面を演じてきた佐藤琢磨。優勝に手が届きそうな場所で戦った2004年夏の2レースは今でも彼自身、そしてファンの記憶に鮮明に刻み込まれている

勝利へ、最も近かった夏

戦うということ。

旧友ケンサワが訊く
片山右京インタビュー


“カミカゼ”と呼ばれたF1ドライバー、片山右京。確かに速い、しかし結果には繋がらなかった。テレビや現場でそのシーンを目撃した我々はその姿に一喜一憂した。しかし、本人は結果など重視していなかったのだという。彼が目指していたこと。それは世界一になること……

戦うということ。

知られざる“TAKI”

井上隆智穂インタビュー

謎のベールに包まれている異色のF1ドライバー“タキ・イノウエ”のレース人生を追う

1994年日本GPにシムテックからスポット参戦し、翌1995年にはフットワークからフルシーズン参戦を果たした井上隆智穂。国内外での華々しいキャリアもなく、ほぼ無名のドライバーでありながらF1のシートを獲得した彼は、何を目指して走っていたのだろうか。いまなお謎に包まれている異色のF1ドライバーをモナコに訪ねた

知られざる“TAKI”

父子鷹の近似値

中嶋 悟
中嶋一貴インタビュー


父・悟から息子・一貴へ、受け継がれたモノ

日本人初のF1レギュラードライバー中嶋悟。必然かそれとも偶然か、息子・一貴もF1ドライバーになった。ふたりの事を語る時、似ていると言う人もいるし、似ていないという人もいる。それは、個々の判断にお任せすることにするが、 確実に受け継がれているものはありそうだ……

父子鷹の近似値

天国と地獄

鈴木亜久里インタビュー

鈴木亜久里の1989年と1990年……全戦予備予選落ちから、日本人初の表彰台へ

1989年の鈴木亜久里は、まさに苦悩のどん底だった。どんなに頑張っても、前に進まないマシン……、全戦予備予選落ちという不名誉な記録。金曜日の朝に1時間走って、それでおしまいという1年。しかし、年が変わると、亜久里に運気が向き始めた。F1での初入賞、そして日本人初となる3位表彰台獲得。1年でこれだけ急浮上したドライバーも、珍しい……

天国と地獄

日本人ドライバーの相棒たち

彼らの活躍は、このマシンあってこそ。レーシングドライバーの活躍は、マシン抜きには語れない。F1ともなれば、より一層その傾向は強くなる。しかもその一台一台が、それぞれ強烈な個性を放つ。速いがよく壊れる車、ひと時だけ輝いた車、猛烈に遅かった車。そのどれもが、僕らの記憶に強く焼き付いている

日本人ドライバーが乗ったF1マシン全89台
 &
伝説のマシン特別撮り下ろし

●LOTUS 99T Honda(1987)
●LOLA LC90 Lamborghini(1990)
●B.A.R HONDA 006(2004)

日本人ドライバーの相棒たち 日本人ドライバーの相棒たち

日本人ドライバーの先駆者たち

中嶋悟が1987年に参戦を開始する以前にもF1に挑んだ日本人ドライバーたちがいた。日本人が〝F1レース〟に初めて出場したのは、1974年のこと。場所はシルバーストン、そして1976年、黒船のようにF1サーカスが富士スピードウェイに上陸……。この時はサムライたちが、海外の強豪を迎え撃った。彼らなくして、その後の伝説は生まれ得なかった

日本人ドライバーの先駆者たち 日本人ドライバーの先駆者たち

目次

日本人ドライバーの伝説 [プロローグ]

小林可夢偉にかける日本人初優勝への期待

小林可夢偉インタビュー
「F1を子供たちの憧れに」

日本人F1ドライバー伝説のレース30選

日本人F1ドライバーインタビュー1
・佐藤琢磨 「勝利へ、最も近かった夏」
・片山右京 「戦うということ。」
・高木虎之介 「“夢”への岐路」
・井上隆智穂 「知られざる“TAKI”」

日本人F1ドライバーインタビュー2
・中嶋悟&中嶋一貴 「父子鷹の近似値」
・鈴木亜久里 「天国と地獄」
・中野信治 「掴み損ねたタイミング。」

スポット参戦ドライバーの美学

日本人ドライバーの相棒たち
・日本人ドライバーが駆ったF1マシン全89台

伝説のマシン撮り下ろし
・ロータス99T(1987)
・ローラLC90(1990)
・B.A.Rホンダ006(2004)

考察:日本人ドライバーがF1で
チャンピオンになるための道は?

真のF1ファンへ、究極の精緻モデル
日本人が乗ったF1マシン モデルカー紹介

国内外のF1関係者が語る
「日本人はなぜF1で勝てないのか?」

日本人F1ドライバーの先駆者たち

データ無限大Special
日本人F1ドライバーの“立ち位置”を検証

F1速報PLUS シリーズ第4回
ジョーホンダ
レンズ越しに見たモータースポーツと時代の風景

日本人の伝説コラム
・日本人がいなかった年
・“F1グランプリ出場”に届かなかった男たち
・不思議な山本左近
・日本人初のF1搭乗者は誰?


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